ヴィブラート、ポルタメント、ピッチベンド

「冬景色」 文部省唱歌 1913(大正2)年初出 作詞作曲者不詳 NHK東京放送児童合唱団 この歌メロのユニークさはどこから来るのか? ①メロの造形や曲の形式に「気持ちを乗っける」ということが皆無なこと。②反復が無く、とっ散らかってて、「2部形式」みたいな…

耳視点と指視点と Steve Vai

例えばピアノ曲は「頭の中で作られた曲の構造がまずあってこれを運指に落とし込む」のであって、各指に予め決められた声部が振られてるのではない。左手が和音、右手が主メロ、とか固定するのではない。 十指で賄うために、例えば右手の親指は、ソプラノ声部…

メモ(図と地の連続的入れ替わり)

図と地との入れ替わりは、スイッチ的「反転」だけじゃなくて、「連続的」な場合もある。 例えば、天の川の茫洋を背景に星々が点で位置を占める。でも天の川も恒星の=点の夥しい集まりで、近くの個々に識別できる光の点=図と、遠くの光茫の広がり=地とは、…

場って重要、とこれを見ると思う。 ここでいう「場」には2つの要素がある。 ① 空間。具体的には、広さ、リヴァーブの掛かり具合、壁が白いこと。日常ではない、音楽のための空間。 ② その空間を、2人(以上)の人が共有すること。 場が作用して音楽が出来る…

下書き放出

3つの下書きは相互に無関係です。 ① 私の中二時代の世界観の、しかし根本は今も変わってない。ペンディングされ馴化されてるだけで。 家族というものが自然のものとして前提とされてるんだな、とは思う。家族の許に取り返せば解決*1、というところが疑われる…

メモ(音の長さを決めるもの)

① テンポ 音の絶対的長さは、音価と、テンポで決まる。 テンポの数直線の上に、ノートの発音のタイミング=ステップ・タイムを点で置いてゆく。ステップ・タイムから次のステップ・タイムまでの長さが、音価。 音の長さを決めるのに、ステップ・タイムの位置…

Discus、ほか

長いつべをたくさん貼ってます。 Discus の 2nd. アルバム "...tot licht!"(2003年)から。 この曲ではそうでもないけど、このアルバム中の数か所、ガムランやケチャを、わりとそれと判るまんまの形で、取り入れてる。何でもありでいろんな要素がごちゃごち…

Nicola Frangione "Italic Environments"

"Italic Environments" Project by Nicola Frangione(1985年)から。 SHE Ye,Ye Records さんの御ツイートで知りました。 「メールアートに着想された画期的コンピ『Mail Music Project』を編集したマルチメディアアーティストNicola Frangioneによる85年作…

渾沌

私がサン・ラーを最初に実際の音と絵として聴き、視たのは、何かのフェスでの「アルケストラ」の映像で、いっぽうでは確実な衝撃、いっぽうでは巨大な当惑だった。 大人数の演奏家たちが、各々デタラメと見えることを、取り憑かれたような熱量を以て、やって…

メモ(二人山下洋輔)

【ライヴのアイデア】 「二人山下洋輔」(2台のピアノのための) 山下洋輔のインプロを完コピし、2人でユニゾンする とメモしてたのをふと思い出すのと同時に、メモした時点でまったく結び付いてなかった、忘却の淵に沈んでたある記憶が蘇った。 昔、たぶん…

強弱法

例えば、弦楽オケで、個々の奏者がトレモロをやって、全体としてざわめきを作ってる場合、これをクレシェンドさせるのに、個々の奏者がクレシェンドするのではなく、個々の奏者はただひたすら機械的に同じ強さでやってて、奏者の「人数」を徐々に増やすこと…

作曲は辻褄合わせではない

「モードありきでこれに沿わせてメロを動かす」のが作曲じゃない。いうまでもない。作曲は辻褄合わせじゃない。 この曲のモードは「コンディミ」なのか「民族っぽい」のか。 キーは D で、es が出て来る箇所ではコンディミっぽい。でも e が出て来る箇所もあ…

ファ♯とシ♭を含む音階

この過去記事で 「長音階にどんな音階を据えるか」 「そもそも音階というものが「周波数の単純な整数比で表せる=協和する音程を並べたもの」だとすれば、最も協和なのは倍音列だから、これに(近似値で)沿う、 ド-レ-ミ-ファ♯-ソ-ラ-シ♭ という音階…

メモ(ギター・ソロ)

私がギター・ソロを聴かないのは、世のギター・ソロの大半が「単旋律」だから。 もっと正確にいうと、ギター・ソロのために設けられる § が「メロと伴奏」のホモフォニーで出来てるから。 だから、いまの若い方たちがギター・ソロをスキップなさるのとはおそ…

サブドミナントを中心とする和声

ふと、「リディアンで書く」ことと「イオニアンのサブドミナントで書く」こととは違うのだ、と思う。 「トニックを中心とする長調の和声において第4音をシャープさせる*1」のと「サブドミナントを中心に和声を考える」のとの違い。 後者の例をいくつか。 6'4…

野木青依(のぎ あおい、マリンバ即興演奏)

今回のあらすじ 音楽映像作品「にいはまの音×マリンバ『マリンバ・ネリネリ in にいはま』|野木青依 Aoi Nogi」の 8'17" ~ 8'31" の、鉄屑の火花のカットを見て、全てを悟った。 思いつきで、ぐるぐる移動しながら演奏しています。楽しい…#無為フェス #北千…

続・リヴァーブ

今回のあらすじ ①ごく若い頃は長く深いリヴァーブを欲した。のちにそれをやめた。その理由。 ②「Pre Delay」の問題。 ① 前回、KORG 01/WFD の内蔵エフェクタについて、そらで書いてしまったために、不正確なところがありました。 現物に当たって書き直します…

リヴァーブ

ごく若い頃、自宅の洋間でマイク録りしてた。 アクースティックなリヴァーブが欲しかった。吸音するものを全部外に出して、あるのは生ピアノとアンプだけ。私自身の身体も「吸音するもの」なので、シンセやギターは、アンプからケーブルを延々伸ばして、隣室…

猫と民謡

猫の写真はその後いくらか撮ってるんだけど、猫との関係が「撮る撮られる」から始まることに、違う気がして来た。 信頼関係を築くのが先で、写真を撮るのはその結果付いて来ることの筈だ、と。 初対面の猫にカメラを構えて近付くのは、民謡を取材するために…

間テクスト性

これの 2'23" 右チャンネルのギターのひとふしが、 これの 0'32"「同じのれんの」にきこえる。 「かに道楽」 作詞:井野上のぼる 作曲:キダ・タロー 歌:デューク・エイセス "Meddle" のリリースは1971年。「かに道楽」がいつの作曲か、調べきれなかった。 …

移動パン屋さんの音楽

拡声器からのエレクトーン音楽が空間内を移動して、フェイド・インして来た。 私は一般に物売りの拡声器の音が嫌い、というか、音そのものが嫌いという以上にその強迫性、自分の都合を相手に許容させて平気でいる無神経が嫌いなんだけど、この、お伽の国から…

写真と音楽

目にもとまらぬ早業で 投げる手裏剣あなたが恐い そっと瞳をそらした と書いて、「はっとり」繋がりだ、と気付く。 さて、常日頃「音楽の自律」ということを言って、他の方法に置き換えること(音楽の方法で言ってることを絵画の方法でなぞるとか、詩の方法…

意識

複数弁によってメロを作ると、倍音列はメロとしてより音色として意識される。各弁を基音とする倍音列のメロを行き来して「転調」ないし「コード進行」させることも可能だろうか? https://t.co/TyLJXXHgJY— 新海智子 (@coccyx_T) November 18, 2018 mobile.t…

メモ

画像と本文とは無関係です。例えば「音楽は感情表現の手段である」というこじつけの言説を、人はどういう機会に聞かされ、なぜ鵜呑みにするのか。 単に「それはこじつけだ」と言挙げするんじゃなく、いちど検証してみる必要がある。 こじつける心理、それを…

「間(ま)は『あける』ものではなく『つめる』もの」というフレーズを読んだことがある。邦楽演奏での話。武満の対談集のどこかだったかも知れない。 お能の鼓で、「イヨウ」と声を発してから鼓が「ポン」と鳴るまでの「あいだ」が重要で、「ポン」と鳴った…

美術の時間

西芳寺庭園(夢窓疎石作)「100種類以上といわれる苔は夢窓疎石の時代からあったものではなく、今のような苔庭になったのは江戸時代も末期」(ウィキ「西芳寺」>「庭園」)芸術作品は、時間に抗い、作者の意図通りの姿を永遠に留めようとしますが、逆に時間…

間を詰める

「退屈の対義語」、これが「音楽」の定義にも出来そう。 私が「間を詰める」という時、これは音楽的な「意味」の密度を上げること、意味で時間を埋め尽くすことであって、物理的に音の密度を上げること、単位時間当たりの音数を増やすことではない。 のでは…

偶然とアンサンブル

サディスティック・ミカ・バンド「墨絵の国へ」での、歌詞の朗読パート×2って、 ① 録音時、他のトラックを聴いておらず、あとで編集もせず、偶然の齎すタイミングの「ズレと噛み合い」だけを尊重してるのか、 あるいは、 ② ある程度は他のトラックを聴きなが…

卓パート担当

「『2本の左手のためのソナタ』という曲のタイトルを思い付いた」という御ツイートを拝見して、面白いと思った。 加えて、私は別のことも思った。ギターなどの、右手と左手の役割分担の明確な楽器の場合、「1本の右手と1本の左手のためのソナタ」もあり得る…

聴きの現場

曲を聴くという行為が厄介なのは、大きく分けて少なくとも2つの別々の聴き方が同時に進行するから。 まず、曲を理解するための「聴く」が進行してる。曲に即して聴く。作曲者の意図に沿おうとするにしても、鳴ってる音を鳴ってるままに聴こうとするにしても…