無いが有る

こちらの御ツイートを拝見して、さすが SAKAI さん!と発想を触発されると同時に、いくつかのことを思い出した。というか、それぞれバラバラに考えてたことが繋がった。

 

値が「0」の時、「0 と表示する」のではなく「表示しない」問題。

アメブロの「ホーム」のページにある「今日のアクセス数」「昨日のアクセス数」の欄は、値が「0」の時、欄自体が表示されない。私の感覚としては「今日のアクセス数 0」と表示してもらいたい。

はてなブログの記事脇の「月別アーカイブ」の欄は、ある月の記事投稿数が「0」の場合、例えば「2022 / 9 (0)」と表示されるのではなく、そもそも「2022 / 9」の項目が表示されない*1。「項目の値が「無」である」からとて「項目を「無」にする」理路が判らない。

 

「「そこに何も無い」ことを表現するためには、そこに何も描かないのではなく、「そこに何も無いことを描く」ことが必要ではないか」

 

「休符」。

音が鳴ってないあいだは「何も書かない」のではなく「休符を書く」*2

「音が鳴ってない」ことと「音楽が無い」こととは違う。

2人の掛け合いの台本は、「台詞が交互に顕在するのを拾えばいいのではない」。

「言葉を発してようが黙ってようが、場を、時間を、経験してる/生み出してる」のだから、「譜面と同じ発想」で、各パートを個別させ並列させ、黙ってる時間には「休符」=「黙ってる時間が存在すること」を書き込む必要がある筈だ。

冒頭の SAKAI Yasushi 氏の 御ツイートにある「たとえば9メガバイト」は、あるいは「休符の重さ」だろうか?

*1:その後9月中に1記事投稿し、月投稿数 0 を免れるとともに、項目を表示させることに成功しました。

*2:余談。全音海賊版ポケットスコア『牧神の午後への前奏曲』6小節目(だったか?)の、あるひとつのパート(何のパートだったか?)に「何も書かれてなかった」記憶がある。無論ここには全休符を書かねばならない。