John Wetton

 この記事で、譫妄が起きたきっかけを書かずにいましたが、「私の場合、ICU で目を覚ますとそうなってた」旨加筆しました。

 

で、譫妄とは別の話なのですが、ICU から出てすぐの頃、何故かふとジョン・ウェットンの死を思い出し、どっと涙が溢れて止まらなくなる、ということがありました。

ウェットンが亡くなった時私は泣かなかったし、当時書いたブログ記事は追悼どころか彼を批判する内容でした(実際のところは、彼を批判するというより、世の中のウェットン追悼の空気に気持ち悪くなってた、ウェットンを評価することがそのままプログレを骨抜きにすることになってたのにイラついた、のでした)。

といって「当時悲しまなかった分を今悲しみ直してる」のとも違いました。悲しいのではありませんでした。何故泣くのか、ほんとわけわからなかった。

ICU から出て具体的な理由なく涙が出る、というのはよくあることだとも聞きました。その潜在的「泣きたい」がウェットンに言い訳を見出した、のでしょうか?

 

バンドとしてはイエスがやけに思い出されました。譫妄という希まないサイケな事態から「イエス(というかアンダソン)お薬漬けの世界怖えぇ~」の念が持ち上がったようです。「アンダソンもつねにポジティヴでハッピーなヴィジョンを視てばかりではなかっただろう、へヴィーな思い怖い思いに苛まれることもあったろう」とか考えました。

 

私の思うウェットンのベースは、「アタック」であるより「サステイン」です。歪みが掛かってぶっとい音色による、減衰しない持続。その持続する音色が、ゲイトタイム100%で切れ目なくなめらかに連なってゆく、という印象がまず先に立ちます。

音符の音価が持続音で明示される=ノート・オフがきっぱりとするから、休符も「積極的な無音」で在れる、メリハリ=低エントロピー

グレッグ・レイクとの比較でそう思うのかも知れません。彼のベースはぎゃくにアタックの印象しか無い。