夢 2022年09月18日

シーンの断片をいくつか。

 

旅館的な建物内。中庭的吹き抜けに面しこれを廻って廊下と階段。上階にいて、「2階の私の部屋で荷物を取って外出する」つもり。階段を降り2階に着いたつもりが、扉の無い出入り口から地上の風景*1が見え、足裏の床面に湿度を感じて、あれ?ここ1階? 通路で誰かとすれ違わないことを期すが、男性とすれ違う。距離をじゅうぶん取れなくて困るのはソーシャルディスタンスのためではなく、近さが相手に不快感や怒りを起こさせトラブルになるから。私はまだシャワー浴びてなくて不潔だ。

 

公共の建物内、ターミナルビルみたいに広い。下り階段がいくつもあって、殆どフロア全体を覆うくらい。それぞれ、アップダウンの組み合わせや、勾配や、幅や、使い勝手が違う。床面全体が起伏のある広い公園のようで、傾斜を降りるのに、長さや勾配がまちまちの階段だったり、スロープだったり、という風。

私は階段を選ぶのに慎重になる。いったん昇って降りる不経済とか、どこに導かれるのか読めない不安とか、行き止まりに遭って高所で進退窮まることになる不安とか。

結局スロープを選んで降りる。降りた先が見えてて安心*2

この建築全体はマジカルパワーマコ氏と関係がある。

 

アメーバピグでお知り合いだった がるう 氏とやり取り。

がるう「〇〇(街中の、コインランドリーか何かの施設)はどこにあるか」

私「あっちの方角、ベテル教会あるでしょ、その手前」

がるう「ああ、ありますね。私の町内にはベテル教会が16あって」

私「そんなに!」

がるう「しんかいさんは布教(「信仰を浸透させること」みたいな言い回し)が重要なわけでしょ」

 

病院か役所のような公共施設内の廊下を行きながら、数人と。

一人の女性「おぎさやかさん、いまはおきさやかさんなんだ」

私「でも漢字で『隠岐』だから、むかしから『おき』じゃないの?」

あるいはハンネ変更は本当にあって、漢字もその時考案したのかも? 変更のきっかけ・経緯について何かのやり取り。SNS での粘着を受けて、とか。SNS でのキャラの変化(おきさんご本人であるよりも、メタな、役を演じる、的に変化)についても。

 

街中についての話題は出るし、屋外に出ようと試みる途上だったりするのだが、終始建物内。

*1:岡山市郊外の、南北に沿って直交せず曲がりくねったのどかな農道(舗装されてる)をダットサントラックが徐行する。

*2:その先に出口があるけど、そこを出てどこかに行ったか、記憶無し。

「生っぽい打込み」の例

「生っぽい打込み」について。

但し、KORG01/WFD におけるそれ、なので、どなたのご参考にもならないです。

 

0'19" 目と 0'30" 目のハープのグリッサンド

 

譜面はこうなってて、

つまり、ハープのグリッサンドは、ペダルを踏まない状態だと

ラシドレミファソラシドレ……

のダイアトニックの音階になるけど、この曲のこの箇所では、これが「ラ♯、ド♯、ミ♮、ソ♯」の和音になるペダル設定。

すなわち、ラを半音上げ、シを半音下げて、ラ♯の弦を2つにする。ド♯、ミ♮、ソ♯についても同様。グリッサンドの実際の鳴り方としては

ラ♯ラ♯ド♯ド♯ミ♮ミ♮ソ♯ソ♯ラ♯ラ♯ド♯ド♯……

となる*1

楽器法の意図としては、「グリッサンドで和音を出す」ということ以上に、「同度の音が2つずつ隣り合う」ことによる効果が欲しい、のだと思う。

生ハープでは、どんなに正確を期して調律しても、ラを半音上げた音とシを半音下げた音とがぴったり同じ高さ、とはいかない。結果生じる「うなり」を、効果として積極的に取り入れる。

 

この「生っぽさ」を得るための打ち込み方はたぶん2通りの方法がある。

1通り目

① トラック1に、半分のテンポで「ラ♯、ド♯、ミ♮、ソ♯、…」と打ち込む。

② これをトラック2にコピーする。

③ トラック2だけ後ろにずらす。

01/WFD では、「クォンタイズ」のページでやるのは、音符単位でのタイミングの補正「クォンタイズ」と、その収束先を前後にずらす「オフセット」。ここではこのオフセット機能だけを使って、トラック2の1番目の音がトラック1の1番目と2番目の音の中間に来るように、トラック2を後ろにずらす。2つを同時に鳴らすと、ハープの「ペダル設定してグリッサンドで弾いた状態」になる。

④ 「うなり」の効果を得るために、トラック2だけベンダー情報でピッチをずらす。

「デテューン」はトラック全体に対して掛けるものなのでここでは使えない(この小節だけのためにトラックをひとつ費やすわけにはいかない)。特定の区間だけピッチをいじるのには、ベンダー情報を使う。

 

2通り目

私はてっきり、この打込みでは以上の方法でこの箇所を作ってるのだと思ってた。ところがデータを見ると、同じものをたんにずらした、というステップタイム、ヴェロシティになってない。

ここで取ってる方法は、どうやら、

① トラック1にグリッサンドを(白鍵ダイアトニックか何かで)手弾きで打ち込む。

② トラック2にコピーする。

③ トラック1の偶数番目のノート、トラック2の奇数番目のノートを「イヴェント・エディット」のページで1個1個間引く。

④ 「イヴェント・エディット」のページで音高を1音1音設定し直す。

⑤ トラック2にベンダー情報を入れる。

のようなのだ。

何故そんな手間なことをするのか。おそらく「生っぽさ」へのこだわりの徹底なのだろう。生のグリッサンドにおける1音1音のタイミングや強弱の揺らぎをそのまま残すための。これは「聴いて判るかどうか」の問題ではない。あるいは打込み作業者自身にはその差が判別できてたのかも知れないが、もっと「理念」にかかわることなんだと思う。

*1:4音で出来た和音の各音を2つにすると計8つになってしまう。私はハープの奏法の実際を知らないけど、「オクターヴ内に7本の弦」でこれをやるためには、「ラ♯」か「ソ♯」かどちらかの音を弦1本で我慢せねばならない筈。

Oliver Knussen "Where The Wild Things Are"

オリヴァー・ナッセン Oliver Knussen (1952 - 2018) のファンタジー・オペラ『かいじゅうたちのいるところ Where The Wild Things Are』Op. 20。1幕9場。

1979~1983年、ベルギー国立歌劇場の委嘱で作曲。

台本はモーリス・センダック。彼自身の同タイトルの絵本(1963年)に基づく。

 

2001年にドイツ・グラモフォンから出た全曲盤がつべに上がってる。

Lisa Saffer(ソプラノ、マックス役)ほか、ナッセン自身の指揮するロンドン・シンフォニエッタによる演奏。

ここでは、冒頭を割愛して、お話の筋でいうと少年マックスが航海を始めるあたりから、貼ります。

かいじゅうたちのダンスの場面は、曲調からいってもいちばん盛り上がるところではあるのだけど、割愛。

私はこの録音しか知らなかったけど、1985年に、やはりナッセン指揮ロンドン・シンフォニエッタの演奏(歌手は一部を除いて入れ替わってる)で Unicorn-Kanchana レーベルからリリースされてた、と今知った。

 

ナッセンがこれを「ファンタジー・オペラ」と銘打つとき、それは、これをラヴェル『子供と魔法』、ストラヴィンスキー『夜啼き鶯』の系譜に連ねる、ということだ。音形としても、それらのこだまを聴き取れる。ドビュッシー『おもちゃ箱』、ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』などからの引用も含むらしい。

 

私は永らく、ナッセンをいちばん好きな作曲家、『かいじゅうたちのいるところ』をいちばん好きな音楽、と表明して来た。作曲とオーケストレイションが最高度に入り組んで私の「現代音楽欲」を満たしつつ、アヴァンギャルドではなく、聴覚の愉悦ための音楽なところが。

微細にして豊穣。精緻すなわち陶然。

でも今回聴き直しつつ、そういうのはもういいかな、という気になってた。あまり入れ込めなかった。

 

ナッセンは指揮者としても、例えば武満から「私の曲がここまで注意深く演奏されることは少ない」みたいなことをいわれてたと記憶する。