コピー

コピーの話題を見掛けて、そういえば私、他人様の曲を耳コピしたこと無いな、と気付いた。

部分的には、ピアノならジェネシス 'Time Table'「のイントロだけ」とか、'Firth Of Fifth' のイントロ「の途中まで」とか、ベース・パートなら 'You Doo Right' とか 'Drive My Car' とか、ギター・パートなら 'Lady Of The Dancing Water' とか、いろいろあるけど、バンドでも個人の打込みでも、曲の形に仕上げたことが無い。

あと、何を思ったか 'Heart Of The Sunrise' のベース・パートを譜面起こししたことがある。もちろん自分では弾けない。

 

バンマスには何の分野でも負けるけど、やったことがない分野では勝ちようがない。

バンマスの耳コピといえば、これがねえ……いろいろ感慨深い:

とある作曲家のピアノ曲耳コピして打込んだもの。私は原曲を聴いてないので、どのくらい正確なのかとか、アーティキュレイションが原曲に忠実なのかバンマス独自の解釈なのかとか、判断出来ないけど、ヴェロシティやテンポ変化の作り込みに、なんというか魂こもってるのは判る。

ここまで注意深い聴き手がいるって、幸せなことだ。

つまり私は聴き手としても負けてる。

 

作曲者にも耳コピ者にも無断で上げてるので、この記事はすぐ削除します。

バンマスがやってて私がやったことないことといえば、あと作詞と、ヴォーカル録りか。

プログレとしての La Bottega Dell'Arte

ローマのバンド La Bottega Dell'Arte を、私はゼロ年代のどこかの時点に、ユーロ・ロック・プレスのディスク・レヴューで知りました。載ってた 1st.、2nd. のうち、私が買ったのは 2nd. "Dentro"(1977年)です。

割とくっきりと、ラヴ・ロック・ナンバーと、プログレ・ナンバーとの2本立てでした。

後者認定の基準は、①音楽が自律的で、創意を以て造形されてること、「歌の伴奏」ではないこと ②付き合わされるのが面倒な「情」が無くドライであること、です。

前者、「情を乗っけて運ぶための道具」としての曲では、彼らは臆面無く sus4 を解決してのけます。

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Soft Machine "Bundles"

Soft Machine "Bundles" のエディションが都合いくつあるか知らないけど、今後再発する時は、

収録曲:

Gone Sailing

Four Gongs Two Drums

(全2曲)

でいいんじゃないか?

 

という記事を書くつもりで聴き直し始めたら、最後まで気持ちよく聴き通してしまった。

 

私がこれをダメだった理由。

私はリフと白玉がダメだ。ということは私はロックを作曲で聴いてるということだ。演奏を聴かせたがる、そのために作曲としての内実が犠牲にされてるのがフュージョンだ。"Bundles" はフュージョンだ。

ジャズは、演奏家のもの、というよりは、演奏即作曲であるもの、なんだろう。作曲と演奏を峻別できない世界。

私がソフツに求めるものは、むしろここに実現されてる:

 

ジャケ絵は、音楽に沿うことを意図すべきじゃないし出来ない。

組み合わせることで生じる「効果」はあるかも知れないし、コントロール出来るかも知れない。

エスロジャー・ディーンは結びついてしまってるけど、べつにイエスの音楽がロジャー・ディーン的とかいうわけじゃない。

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"Bundles" のジャケ絵と音楽の組み合わせには絶妙さがある。絵のせいで、フュージョンプログレに聴こえる。

この素朴派風の絵の作者は Reg Cartwright という画家で、ジャケ絵の仕事も、Discogs だと "Bundles" 含めて4つ確認できる。

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Various "American Impressions I - The People And The Land" のジャケ。

Grant Wood を参照してるだろうか?

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