1'13" 目と 2'40" 目の、楽節終わりのスネア一発のアクセントに、「くっつけた両掌を瞬発的に引き離す」という振り付けをするのが、天才!と思った。
と、前々回の記事で書いた。
私自身、手拍子で曲に合わせて拍を取るのに、能う限りジャストに打とうとすると、拍に合わせるのは、手を「打ち合わせる」タイミングではないのだよな。
両掌を、離れた状態から、打ち合わせる=距離を 0 にするのには、時間がかかる。打つためにスタンバイさせる両掌の距離は、限りなく小さくなって、両掌が合わさってるのは瞬間で、打つと同時に、大きく反発する。
なんならスタンバイは両掌が合わさってる状態でもよくて、こうなると完全に、拍に合わせるのは両掌を「離す」タイミング。
日本民謡に聴衆が合わせる手拍子は――これはステレオタイプに属する絵柄かもだけど――打ち合わせた両掌をそのまましばらく合わせたままにし、あまっさえ揉み合わせたりする。
私の手拍子は「ステップタイム」で、「瞬間」を指向する。日本民謡の手拍子は「ゲイトタイム」つまり「持続」だ。そこで持続してるのは「気持ち」だったりするだろうか?
Perfume 'VOICE' の MV の、上述の点にことさら意識が行ったのは、ビートを鋭くすることを突き詰めると畢竟こうなるよね、と思ったからなのだった。