フィールド・レコーディング??

いくら私が芸術至上主義者だからとて、救急車や消防車のサイレンの音が好き、とは公言出来ない。

そこには災難の現場がある。

 

ただ、「実際の大きな空間を使った音楽作品」は、アイデアの提出は出来ても、実現不可能だ。

サイレンは、大音量の、よく通る、遠くまで届く、というかよく通らせ遠くまで届かせる意図でデザインされた、音、その、街中で実際に日常的に鳴らされる、ほぼ唯一の例だ。

大きな空間の中で鳴らされる音の振舞いを実地に体験するのは、サイレンの音を聴く時だ。

 

サイレンの音には以下の特徴がある。①遠くから届いてくること。音源が、②大きな距離を、③高速度で、移動すること。

 

サイレンの音を音楽作品として聴くと、展開がある。

A. フェイド・インする。

私は馬鹿なので、「サイレンの音はなぜ必ずフェイド・インして来るのだろう?」と疑問に思った。救急車の走り出す地点が私の聴力の及ぶ範囲の外にあり、救急車はそこから、私に近づく方向に走り出す場合も私から遠ざかる方向に走り出す場合もあり、前者の場合でかつ私の聴力の届く範囲に入ってきた場合にのみ私はその音に気付くことが出来るのだから、当然過ぎた。

B. 音が移ろう

音が、遠くから届いてくるうちに、大気のエフェクトを受ける。高域が削れたり、その削れ具合が刻々変化したりする。建物に反射してリヴァーブが掛かる。

音源が高速度で移動してるので、ドップラー効果が掛かる。音源が私から遠ざかる時、ピッチが下がるが、いったん進行方向の建物に反射して届いてくる音は逆にピッチが上がって、ディテューンが掛かる。ディレイも掛かる。

いったん聴こえなくなり、また聴こえ出す。音源が遮蔽物のむこうを通過してるんだろう。風向・風力の変化も要因かも知れない。

C. フェイド・アウトする(後述)

 

定点から聴くと、音響の変化に富み、複雑に展開するけど、これらは空間的に街の構造と、そこを音源がどう移動するかと、音を伝播する大気の状態と、音速が有限であることと &c. が作るもので、元のサイレンの音は、変化の無い音色、一定の音量、規則的で単純な繰り返しのパターンだ。

この動画のケースでは、最後救急車が停車して音が已んでるので、そこで録音を止めれが良かった。たいていの場合、遠ざかる救急車が長いフェイド・アウトのあとに完全に聴こえなくなるのを捉えるのは難しい。終わったと思ったらまた聴こえるし、聴力のスレッショルドに立ち会うことになる。「曲が終わる=音が鳴り已む」ではなく「曲が終わる=私の耳が認識しなくなる」。後半殆ど無音に近い数分間を含む動画になってしまう。

 

これが音楽作品だとして、作曲者は誰か? 救急車の運転者か? 展開をこう在らしめた街の設計者か? 走行ルートを決めた何物かか?

聴き手が作曲者なのだと思う。フェイド・アウトをどこまで聴き取れるかは聴き手の聴力によるので、曲の長さも聴き手によって違うし。

 

こういう、空間の中でのサイレンの音を、PC の中でシミュレイトして作曲する場合、それは具体的に何をどうすることなのか?

パラメータとして、街をどう設計するか=どこにどの大きさで壁面の音の反射率がどのくらいの建物を置くか、とか、大気の動きや湿り具合がどうかとか、その中を(変化の無い音色・一定の音量・単純なパターンの)サイレンの音源をどのルートで走らせるか、とか、聴き手をどのポイントに置くか、とかを設定して、そのヴァリューを入力することがすなわち「作曲」だ。

 

 

現実の空間の中に、音を、その振舞いを、聴き取るのは、楽しいけど、体験の共有が難しい。

微かな音で録音が難しいし。

雑多なノイズの総体の中からその物音を聴き取ってるのは私のパーソナルな耳なのだけど、これを録音して他人様にお示しすると、相変わらず「総体の中の一要素」のままだし。

音高が E6 と F6 辺りの持続音、何だろう? スマホの構え方の具合でそこがマイクのホットスポットになってるとかだろうか?

こちらは(撮影中や編集中に気付いたとかではなく)戸外の音に気付いてわざわざカメラを向けて録音したものなので、カメラ側の具合とかではない。遥か遠くから届いてくるようだった。F♯5 あたりと A5 辺りの音が、強弱の変化をしながらずっと鳴ってた。

0'00"、1'38"、1'54" あたりで比較的聴き取りやすい。

室内に届いて来たのはこのふたつの音高だったけど、窓を開けてよくよく聴く*1と、D3 の音高がドローン的に持続し、のたうってるようだった。こののたうちがすなわち、その5番目と6番目の倍音= F♯5 と A5 それぞれの音量の増減なのだった。でもやはり録音では捉えきれない。

*1:別な例では、

室内に届いて来た遠くの音、拡声器からの何かのメロディのようなそれを、もっと鮮明に聴こうとして窓を開けると、とたんに環境音の洪水が流れ込んで来て、目当ての音は却ってその中に埋もれて聴こえなくなった。思えば、室内にまで届いて来たのは、窓のフィルターに遮られることなく通過して来たスペシャルな周波数で、環境音総体の中ではその一構成要素に過ぎないのだ、

ということがあった。