《イーノは、「いつもサウンドがどんなメロディーであるべきかを示唆するんだ」と語っています。常にサウンドが先で、メロディーは後なんだそうです。具体的に言えば、たとえば単純なリズム・ボックスの音に様々な処理をすることで複雑で豊かな音が出てきます。そうすると、その音が曲を連れてくるのだということです》
「イン・ダーク・トゥリーズ」は、このイーノ自身の説明を、最も「なるほど」と思わせる例かも知れません。
《本作の「イン・ダーク・トゥリーズ」では、サウンドから「暗くて青黒い森、木々からは苔が垂れ下がっていて、遠くで馬の鳴き声がする」というようなイメージが湧いてきて曲ができたそうです》
ただし、私自身はこの曲の成り立ちについて、勝手に全く別の見立てをしていました。
私自身の、こんな体験:
町内会の方が火の用心の拍子木を打ちながら回って下さる。
私は自室にいてその音が届いてくるのを聴く。
2人(以上)で手分けして回ってるので、別々の方向、別々の距離から、相互に没交渉にそれぞれのテンポで鳴らされる拍子木の音が、届いてくる。
音源は空間の中を移動してるので、徐々に近づき、遠ざかる。1人がディミヌエンドし、入れ替わりにもう1人がクレシェンドして、ミックスのバランスが刻々変化する。
奏者ご自身はアンサンブルをやってる意識が無いが、私のいるこのポイントで、2つ(以上)の演奏が出会って、アンサンブルが生じる。聴き手それぞれのポイントで、それぞれのアンサンブルが生じてる。
'In Dark Trees'。
私勝手に、ひょっとしてイーノは日本でこの拍子木のサウンドスケイプを体験して音楽を発想したんじゃないか?と想像してしまっていたのでした。