ο

「好きな星は 『アルファ星』です」

「何座の?」

「えっ?」

 

京都でタクシー拾って

河原町までお願いします」

河原町のどこです?」

河原町河原町だよ!」

みたいなことか。

 

「好きなプログレのギタリストは Steve H. です」

みたいな。

「好きなキーボーディストは Rick W. です」

みたいな。

 

恒星にはバイエル符号が付されてるために、天文好きの小学4年生は全員、ギリシャ文字、24個のアルファベットに馴染んでる。

ο(オミクロン)ときいてまず思い出すのは、くじら座の ο 星、ミラである。

 

Tangerine Dream "Alpha Centauri" というアルバム・タイトルに、天文少女の私の期待はマックスに触れた。

 

詩に題をつけるなんて俗物根性だな

ぼくはもちろん俗物だけど

今は題をつける暇なんかないよ

谷川俊太郎

 

それはそうなんだけど。なにしろまだ中学1年生のガキだったので。

期待といっても、天文を題材に取る、天文を音楽に置き換えるのに、どういう方法が可能なのか、見当が付かなかった。

買って、聴いたら、困惑した。

事前に見当が付かなかったことについて、結果に対してこれじゃない感を抱いた、という身勝手は、どこから来たのか? 期待の内実は、どういうものだったのか?

曲のシステムが、天文のシステムをモデルにしてると感じられる、そういうものを期待したのか?

あるいはもっとロマンティックに、天文から受ける心象、もっと正確にいうと、天文を観察することによって観察者である私の中に生じる心象、私の主観に属する心象、というものがあって、これをなぞり代弁してくれる曲、を期待したのか?「曲が天文を想起させる」とは「私の中の天文をなぞってくれる」ことなので。

 

「"Alpha Centauri" 体験」は、その後の私の「音楽は純粋と自律のためにある、何かを表現するためじゃない」という立場を決めるのに影響した出来事のうちのひとつだったと思う。