ホールトーン

コンディミはメシアンの「移調の限られた旋法第2」と同じものと言っていいので、例えばドビュッシーと結びついたホールトーンより目新しい。

でももちろん、コンディミを採用してるから、ホールトーンやダイアトニックより偉い、のではなくて、既存のスキルに沿わせる限り、コンヴェンションであることに変わりはない。

 

作曲のごく初期には、ホールトーンは、(その響きに本気で魅了されてたというのはあるにせよ、)コード進行作りに行き詰った時の便利な逃げ込み先だった。ついそうなってしまう。

無論ここでいうコード進行作りとは、既存のコードの組み合わせ方のことではなくて、響きを新たに発見してゆく、鍵盤をまさぐりながら響きをひとつひとつ「自らの耳の責任において」選んでゆく作業のことだ。

 

コンディミを知ってからは、これが新たな「逃げ込み先」になる。ついそうなってしまう。

もともとは、自力の探求でコンディミを発見したのだが、いったん発見すると、以降「探究」とは逆に、コンディミに沿うように書き始めてしまう。いくない。

だいいち「自力で」といっても、すでにメシアンは聴き始めてて、耳から影響されてて、じつはメシアンの掌の域内なのだった。

 

キング・クリムゾンにも、ロバート・ワイアットにも、アクサク・マブールにも、ホールトーンが無反省に採用される箇所がある。意外だが、当時は許された、のだろうか?

 

私が最初に聴いたコンディミはたぶん「レッド」の冒頭2小節だ。

最初は「割り切れない響きの割り切れない進行」のかっこよさにぶん殴られる。分析してみると、ギターは全音と半音交互、ベースは短3度で上行、で、これがコンディミというものだと後に知る。というか、コンディミの最も身も蓋もない使い方なのだった。

 

今後私の作曲において、ホールトーンを、意識的にせよ、行き掛かり上「そうなっちゃう」にせよ、使うことがあるだろうか?どういう方法でなら、今後の私がホールトーンを使うことが「可能」だろうか?

 

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