美しいワルツ

ワルツをヨハン・シュトラウス2世でしか知らなかった頃、ワルツはわたし的に「美」の範疇に無かった。「その場に停滞する音楽」と感じてたと思う。「外枠」としての四角四面の楽節がまずあって、そこを、必ずしも必然的と思えない造形のメロディで埋めてゆく感じ。和声のカデンツの段取りがまだるっこく、こちらの想像力のほうが先に走って「待たされる」感じ。

こちらの予見の及ばない想像力の領域に連れてゆかれる、しかも「スピード」「推進力」をもって先導される、そういうワルツがあるんだ、と最初にびっくりしたのは、 'Chim Chim Cher-ee' でだった。コードが1小節毎に変わる感じ。メロディや和声の造形が内側から推進力を生む感じ。これはわたし的「美」の一典型になった。

(スピード感のある「美しい」ワルツとしては、ビートルズというかハリソンの 'I Me Mine' があった。ただ、当時そう思ったけれど、いま聴き直すとやや印象がちがう。)

 

「美しい」ワルツの極め付きは、これだった:

 

私の聴いた録音はこれだった。メロディの都合で小節数が半端になる感じ。とかいう以前にメロ自体、それと和声の関係、が陶酔的。0'15"~0'28" の弦のオブリガートとかもう泣ける泣ける。

小林亜星は夥しい数のアニソンや CM ソングを書いたようなのに、この霊感の籠めよう、この丁寧な仕事。

こちらは実際に放映されたものみたい:

ひみつのアッコちゃん」では、世間的には ED の「すきすきソング」のほうが評価が高いようだ。たしかに「庄内おばこ」をロックンロールでやっつけたような着想はポエティックだし、当時絶大のインパクトだったに違いない。