ライヴの名盤

私はマニアないしコレクターではありません。全部所有したいとは思わない。

その私が一時期、オフィシャルでもブートでも、未発表音源とかライヴ音源とか映像フッテージとか、見掛けたものは全部買う、というバンドが2つだけありました。ゲイブリエル期ジェネシスと、ジェントル・ジャイアントです。

なので、「ライヴの名盤」を選ぶという時、この2バンドについては、これらをも選択肢に加えたうえでのチョイス、ということになります。

 

それでもまあ、GG については、2枚組オフィシャル・ブートレグ(ってどういう意味だろう?)"Playing The Fool"(Chrysalis、1977、録音は1976)を以てこのバンドのライヴ盤を代表させるのは正当なことでしょう。

なにしろ、私が最初に聴いた GG は、これでした。

'On Reflection' の、入り組んだ器楽アンサンブル上の入り組んだ声楽アンサンブルは、演奏不可能、あとでスタジオで重ねてるに決まってる、と思いました。

のちに、オフィシャルじゃないブートレグを聴いて、本当に一発で演奏してて、腰を抜かしました。

映像としては、'On Reflection' のライヴは1978年1月収録のものが知られています。"The Missing Piece" のあとの時期。この曲のライヴ映像は無条件で貴重ですが、1975~6年頃の映像は残ってないのかな?とも思います。

 

ブートで、パート間の音量バランスが悪いことは、ふつうはマイナス評価の対象です。

GG の、作曲上どのパートも価値の重さに優劣が無く、これらが複雑に入り組んでる「全パートがウワモノ」の音楽では、各パートの動きを分離して聴き取ることが、他のバンドよりも重要になります。

なので、GG の場合、ブートの「パート間の音量バランスの悪さ」は、ときに歓迎されます。スタジオ・ヴァージョンでマスキングされたパートの動きを聴き取るために。

 

 

ライヴ盤が「名盤」と称される時、その理由はふつう「演奏内容」にあるでしょう。スタジオ・ヴァージョンとの比較で、ライヴならではのノリがある、とか。何かの条件が作用して奇蹟の名演になってる、とか。演奏の「一回性」ゆえの。

Picchio Dal Pozzo のライヴ盤 "Camere Zimmer Rooms"(Cuneiform、2001)の場合は、事情が違います。

このアルバムくらい意義の大きいリリースは他に思い当たりません。それまで PDP は2枚のアルバム

1st. "Picchio Dal Pozzo"(Grog、1976)

2nd. "Abbiamo Tutti I Suoi Problemi"(L'Orchestra、1980)

だけで知られていました。イタリア最高のレコメン系とされつつも、情報は乏しかった。

そこに、今世紀に入って突然この、1977-8、1980年録音の未発表ライヴ音源を収めた "Camere Zimmer Rooms" が出て、センセイションを巻き起こしました。

この盤の意義は、

①曲自体、スタジオ盤に入ってない曲ばかりなこと、

②録音時期が 1st. と 2nd. の中間で、音的にも、Robert Wyatt みたいな 1st. から、より先鋭化して「明るい Henry Cow」みたいになった 2nd. への変遷をはっきり読み取れる「ミッシング・リンクの発掘」なこと、

です。

 

 

CD 所有に貪欲でないことは、一に私の欠点です。マニアやコレクターでありたくはなくとも、研究者ではあるべきです。買わないと聴けないものがある。これを含めアクセスできるものを全て聴いて初めて見えてくることがある。