マリウス・コンスタンのモーリス・オアナ

私は、ロックについては1970年代スピリットの人だけど、クラシック録音については、1960年代のものに価値を感じることが多い。
作品との対峙のしかたに、のっぴきならないものを感じる。いままさに価値と意味が生み出されてる現場、みたいな。それはどの時代だろうとそうなんだろうけど、1970年代は洗練と商業主義に、1980年代は衒学と斜に構えることに、気を散らしてる、とこれはあくまで私個人の偏見です。
マリウス・コンスタンによるモーリス・オアナがまさにそののっぴきならなさの例。

オアナ『タマリットの輪』『記号』『奇跡の書』の3曲を収めた CD(Musifrance 2292-45503-2、1990年)がある。エラートに残された、それぞれ年代の異なる別演奏者の録音で、もともとは別々のカップリングでリリースされてたもの(『タマリットの輪』はこれが初発かな?)。


『記号』が、1963年に書かれ、1965年にコンスタンによって初演された曲の、1968年頃のコンスタンによる録音*1
実家の LP では、『シーニュ』のタイトルで、『パイドラのためのシラベール*2』とカップリングだった。
私は当時、とにかく『パイドラのためのシラベール』のあの色彩の全スペクトルでの煌めきが強烈で、『シーニュ』は、編成が小さいし、控えめな作品という印象になってしまった。ちゃんと聴き直したいと思ってた。

これと今回、この CD の形で再会した。
曲も、深い表現と、ソノリティのディテイルに魅了されるし、演奏も、曲を音にすることへの真摯があって、引き締まった音像のいちいちに説得力がある。
オアナ自ら録音監修を努めてる。

CD のライナー・ノーツは恩地元子。抜粋します。
「オアナの音楽を考えるうえで、彼がその幼年期をアンダルシアで過ごし、そこでスペインの音楽や伝説、ダンスのみならず、北アフリカベルベル人の音楽にも触れる機会があったことは忘れるべきではないだろう」「戦後、前衛運動の中心になったダルムシュタットの講習会、そこで発展したセリー主義とは距離を置いて、オアナが自らの語法を探求できたのも、その精神的な故郷がアンダルシアにあったからといえよう」
「数字やシンメトリーに支配されない〈響きの詩人〉であろうとするオアナ」
「オアナは1956年以降、3分音を用い始めた。これも数による思考ではなく、音色に対するオアナの感性によって定められた方向であろう。『記号』(1963)には、3分音に調律されたチターが登場するが、これもオアナによれば、4分音によるチターにはない鋭い音色と、クリスタルのような音質をもっているからなのである。オアナにとって作曲家の役割とは、「対峙する素材にある秩序を押しつけるのではなく、常にこの素材に触れ、それに積極的に耳を傾け、その力を発展させることのできる最良の条件にその素材が出会うようにすること」なのであり、音楽の形式も「ひとりでに決定され、植物が、あるいは生物が生長するように、作品が生長していくことから生まれなければならない」のである」

文化の交錯するアンダルシア。非ヨーロッパ世界に向かっても開かれてる。
『タマリットの輪』はガルシア・ロルカ(アンダルシア出身)へのオマージュ。『奇跡の書』はオアナの異教世界・非ヨーロッパ世界への関心を示す。

Anneau du Tamarít (1977)
Pour violoncelle et orchestre
Alain Meunier(チェロ)
Marc Andrae 指揮 Orchestre national de France
録音1986年09月16日

Signes (1963)
Marius Constant 指揮 Ensemble "Ars Nova" de l'O.R.T.F.
Monique Rollin(3分音ツィター、半音階ツィター)
Michel Debost(フルート)
Christian Ivaldi(ピアノ)
Jean-Pierre Drouet, Sylvio Gualda, Boris de Vinogradov, Gaston Sulvestre(打楽器)
フルートのミシェル・ドボは「デボスト」表記も見掛ける。

Livre des Prodiges (1978-1979)
Stanislaw Skrowaczewski 指揮 Otchestre national de France
録音1981年09月

『奇跡の書』は1984年に LP で出てる。その時のカップリング『シフル』のチェンバロ独奏パートはエリーザベト・ホイナツカ Élisabeth Chojnacka。

*1:リリースが1968年。録音データが無いけど、おおよそその頃の録音。

*2:当該 LP での邦題。"Syllabaire pour Phèdre"、当ブログでは『フェードルのための表節文字』とか訳してます。ちなみに当該 LP で「オアナ」は「オハナ」表記です。