Split Enz "Mental Notes"

ファースト・アルバムを出した当時の Yes に "Close To The Edge" を聴かせて反応を見る、という妄想をすることがある。

'Yours Is No Disgrace' でプログレを完成させる以前のイエスを愛する、という聴き手は少なくないと思う。ファースト・アルバムは「幹細胞」的に未分化の可能性が詰まってる。そこから "Close To The Edge" に至る変化=成長の過程を愛でる。

Gentle Giant は、仮にファースト・アルバムだけで終わってたとしても十分ロック史に残っただろうが、何といっても我々は "Octopus" 以降の彼らを知ってしまっている。

途中でいちばん「化けた」のは Stormy Six だろう。

 

ファースト・アルバムで既にそのバンドの音楽が完成してる例といえば?

Henry Cow "Legend"?

Area "Arbeit Macht Frei"? 

私は Split Enz "Mental Notes" (1975) を挙げる。

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つべにはフルアルバムも上がってるので、ぜひお聴き頂きたい。

44分間、創意だけで出来てる。アイデアの異常な豊富、諧謔と審美の共存に、まったく退屈する暇がない。しかも徒に力むよりむしろ手練れて、20歳を過ぎたばかりの若者たちのデビュー盤とは思えない充実と完成。

このアルバムはニュージーランドとオーストラリアのみのリリースで、フィル・マンザネラのプロデュースによる次作 "Second Thought" が、最初の世界リリース。なので "Mental Notes" の4曲が、録音し直されて "Second Thought" に収められてる。

"Mental Notes" のミックスは至って穏健だけど、そっちのが今の私には好ましい。

 

1984年までに9枚のスタジオ・アルバムをリリース。

今回そのうちの最初の5枚、

Mental Notes (1975)

Second Thoughts (1976)

Dizrythmia (1977)

Frenzy (1979)

True Colours (1980)

を続けて聴いてみた。

プログレのファースト以降、各時代のシーンの動向に敏感にスタイルを変えつつ、そのどれもがオリジナリティにおいてもクォリティにおいても高水準で驚く。

"True Colours" なんか時折、デビュー当時の P - モデルのパンクなテクノ(テクノなパンク)みたい。

ディスコブームが何年から何年までか知らないし、その意義も摑めないままの私だが、プログレバンドですらディスコナンバーを入れないとレコードをリリースしてもらえない、的状況があったらしい。

Split Enz の場合どうだったんだろう?と思いつつ聴き進めてたら、ありました:

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”True Colours" のラストナンバー、'The Coral Sea'。

これもレコード会社の無茶振りの産物なのか、自主的な「ディスコ評論」なのか、事情は判らないが、何ともクリエイティヴなディスコ解釈。ギターのメロが Bee Gees 'Stayin' Alive' を痛烈に揶揄しつつ、クラウトロックに連なるような音響。

 

まあ「ディスコ異化」にかけては、The Flying Lizards の1979年のこれに敵うものは無いけど: 

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曲に無関係な絵がイミフですが。

 

Crowded House が Split Enz の後身バンドだという話は、聞いたことがあったかも知れないが、改めて驚いている。

日記 2018年08月12日

出先から徒歩での帰途、高速道路に沿って工事のフェンスが切れ目なくどこまでも続き、阻まれる。

最初は私一人。女性に出会う。

声を掛けてみると、私一人が困ってるのではなく、問題が共有して認識されてると知り、安堵する。

自宅から高速を隔てたこちら側にいては、私は鬱になってしまう。

いつのまにか、木造の小さな校舎風の建物に、多くの人とともに、いる。

第一義的には「安倍政権の愚策によって迷惑を蒙った者たちが、出先で結集して対処を試みてる」のだが、第二義的には「安倍ファシズム政権が強制的に市民を分断し収容してる」のだ。

私はまず地図が欲しかった。現在地と自宅をプロットし、方角を把握するための。

その手の資料は私たちの手元から既に奪われてる。その場の人たちから情報を集めて自分で地図を描こうとする。何かの冊子の裏表紙が白く、幸いその裏が不要の広告なので、それを破いてそこに書こうと思う。

たまたま集められた人たちなのなら、全員が安倍反対の味方とは限らない。自ら結集してるのだとしても、密告者が紛れてるだろう。地図を描くという挙動は本来大っぴらに出来ないが、私は構わない。

ここまでは、政権の影は、具体的には表れない。私(たち)の勝手な妄想かも知れない。

ところが、管理する側の数人(女性)が現れ、人肉料理に相応しい若い女性をここから徴用すると告げる。数人の名前を読み上げる。

「〇〇さん、△△さん、□□さん、でいいですね?」

人々の中から「それでいい」という数人の男性の声がする。

私は異を唱える。これは乃ち、代りに私にしろ、を意味するが、年齢を理由にハネられるかな?とも思う。

 

(川に橋が無かったり、迂回の末袋小路に嵌まったり民家の敷地に出たりで、目的地に辿り着けない、という夢は普段からしょっちゅう見る。)

「シンフォ」について

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どなたかのご参考になることは何も書けませんが、メモしておきます。

 

0'00"~0'23"。次に来る曲本体に対して、ベンダーでピッチを下げています。

これ自体2つのトラックを使って、トラック間のピッチをずらしてます。

調子外れの感じが欲しいというより、「楽器演奏」とは別文脈の「効果音」的位置付けにしたいからです。

0'23" の撥弦のアルペジオが始まる時、パッと明るくなって、本当の曲始まりであることを明示する意図です。

 

0'52" のギターのメロは Genesis 'The Chamber Of 32 Doors' のパクリです。

0'57" のベースのメロは Chris Squire 'Hold Out Your Hand' のパクリです。

 

1'32"~ は子どもの頃の夢が元になっています。登場人物がいたかも知れないけどストーリーは無く、空間はあるけどシーンは無く、「質感」が主役。

持続音が左右にパンするのは、同じ音色・同じ音高の2つのトラックを左右に定位して、それぞれ別の周期で強度変化してるからです。

1'35"~1'41" 木管とグロッケンの音形は、これもピッチをベンダーで変えて「効果音」の扱いです。

1'59" の突然のブレイクは夢のとおりです。ここが「Ver.3.0」からのいちばん大事な変更点なのですが、この「最終Ver.」では、ここを境に2つの SONG に分けたうえで繋げています。Ver.3.0 では、ホルンは突然止まるけど、同一 SONG 内ではリヴァーブを切ることが出来なかった。

細かいことを言うと、01/WFD では、エフェクターの設定が完全に同じ SONG 同士を繋げるとエフェクターが切り替わらないので、片方の SONG の1か所のパラメータの値を1だけ変えて(聴き較べても違いが判らない)、「ぶった切り効果」を作ってます。

自律神経失調気味に夢からフッと目覚めると、そこも夢の中、というイメージ。もちろんこれはたんに、作者がこのアレンジを欲した理由の説明であって、聴き手にこれを読み取れと要求する性質の事柄ではありません。

「夢の中のホルンが途切れる」のと「夢が途切れる」のとは大いに違いますが、どちらにするか迷いました。

 

夢の曲といえば Television 'The Dream's Dream' です。2'08"~2'24" ハイハットはこの曲のコーダの影響です。

ハイハットはふつう、4種(オープン、2種のクローズ、ペダル)の出力グループを同じにして、オープンハイハットのディケイを、次に来るハイハットのノートオンのタイミングでノートオフさせます。平たく言うと「重ならない」。

この箇所でも 2'16" を境に、後半はそうですが、前半はオープンハイハットの連打なので「重なる」設定にしてます。叩かれる度に前のハットのディケイが切れるのは不自然だからです。

 

2'30"~最後まで は 2'08"~2'24" の変奏です。2'08"~2'24" は「単純な繰り返しの、コードだけ変えてる」、創意なき「作業」ですが、「こんなこといまさらやっても意味が無い」ではなく、形にしておけば、そこからどう転がって発展するか判らない、の例です。

ここでいう「シンフォ」とは、因習(コンヴェンション)の採用を厭わない、書法の創意(インヴェンション)より雰囲気の表出を優先させる、などの態度を示す語です(私の勝手な用法、勝手なシンフォ観です)。

シンフォ的に始めましたが、書き進めるほどにシンフォから離れてしまいました。

といいつつ最後部分の「タ↓ターー、タ↓ター、タ↓ターー」の音形は、過去作「新作のその後」「テスラ」にも出て来た「癖」「使い回し」なのですけど。創意あるのかないのか。

 

参考記事:
shinkai6501.hatenablog.com