この新商品情報(2016年)を、
このツイートで知った。
明治のおいしい牛乳、1リットルから900mlに、値段そのままで内容量が減る「ステルス値上げ」。内容量を減らした「言い訳」がふるってる。「子供や高齢者でも持ちやすい」、「筋肉への負担が小さいので「楽」に注ぐことができる。https://t.co/PBRnglTkZO pic.twitter.com/nGHAM51zYs
— 非一般ニュースはアカウント凍結 (@kininaru2014111) 2018年1月16日
まず、このプレスリリースを読んだだけでは判断できないことがある。
従来の1㍑商品が、値段据え置きでこれに入れ替わった、ツイートのいう「ステルス値上げ」だったのかどうか。
あと、容器に改良が加えられてて、そこには開発費を掛けてる筈だし、「最後までムダなくおいしく飲むことができる内容量として900mlの設定」には積極的に意義を認めるべきだし、これらを勘案すると単純に「値上げ」と断ずるのは軽率だ。
それを措いて、実際これが「ステルス値上げ」だったとして(ここから本論)。
私にはこれが、ツイートのいう「言い訳」であるより「ユーモア」と取れる。
ユーモアというからには「権威、権力」への批評でなければならないが、この場合批評の対象は「アベノミクス」。
ユーモアの成立するもう1つの要件として「自己批評に立脚していること」があるが、プレスリリース中「従来品に比べ、筋肉への負担が約1割軽減。(当社調べ)」の文言など、明らかに、自らを戯画化して見せるメタな視点だ。
上掲ツイートが何故2016年の記事を今日の時点で取り上げたのか、意図は不明。あるいはツイート主も「ユーモアの作例」として挙げたのかも知れない。「言い訳」と鉤括弧付きになさってるし。