Esperanto "Danse Macabre"

私の個人的な経緯から始める。

プログレ聴き始めの頃。叔母の膨大なカセット・テープ・ライブラリーの中の1本に、プログレ曲が2曲入ってた。他の何かを収めた余白を埋めるというふうに。

2曲とも歌物で、プログレにしてはキャッチーで、必ずしもわたし的どストライクではないけど、そのぶん、こういう立ち位置のバンドもあるのだな、と引っ掛かる。

就中、2曲目のヴォーカルが帯びる「陰翳」に、じわじわ来られる。

ところがインデックス・カードにアーティスト名も曲名も無い。叔母に訊いても判らない。音質の感じから、FM 放送をエア・チェックしたもののようだ。後々長く意識に引っ掛かる「おたずね曲」になった。

うち1曲目は、数年後、あるブリティッシュ・ロックにお詳しい方に "Fields" を聴かせていただいた時、「あ、これだ!」となった。'A Friend Of Mine' だった。

2曲目は、ずっとあとになって、アメーバピグの音楽フロアでお掛けになる方があって、「あ、これだ!」となった。

Esperanto "Danse Macabre" 所収 'The Decision' だった。フル・アルバムを聴くと、かけがえのない1枚になった。弦楽四重奏+ロック・バンドという編成なんだけど、就中オープニングの10分のインスト曲 'The Journey' の、殆どバルトークみたいなとんがって凝集度の高い造形から、繊細で透明なソノリティのカームまで、着想の限りを尽くして展開するのが。

となると逆に、このアルバムから1曲選んでオンエアしたのが 'The Decision' だったというのが不可解になる。B面4曲中の1~3曲目が、コンパクトにまとまった歌物で、そのうちの1曲。

根っから独自というのではない、既存のポップ・既存のビートを基調としつつ弦楽を絡ませることによって変化を付けてる感じ。1st. アルバムのスタイルを持ち越したような。

といいつつ、私がこの曲を長く記憶出来て、「あ、これだ!」とレコグナイズ出来たのは、ヴォーカル・パートがあるおかげなのだ。メロの形と、歌い回し。

(カセットで聴いてた時、オンエアでフェイド・アウトされちゃった?と思ってた、そのとおりの素っ気ない終わり方だったので、逆にびっくりした。)

Belle Antique 盤にはボートラとして、アセテート盤デモ音源3曲が収められてる*1。そのうちのひとつが 'The Decision' のデモで、ヴォーカリストが違う。メロの形が違うし、唱法がソウルフル。

(正式テイクでは素っ気ない終わり方が、デモでは長いコーダになってて、アレンジも念入りで厚い。)

 

B面4曲目=ラスト曲でタイトル曲 'Danse Macabre' は、サン=サーンスの 'Danse Macabre'(「死の舞踏」)の、胸のすくカヴァー。長さ2分。

思えばこのアルバム、インスト曲で始まりインスト曲で終わる。

 

アルバム通していちばん印象深いのは、じつはA面2曲目 'The Castle' のイントロとアウトロでの、調律されないプサルテリ(のように聴こえる金属的撥弦)によるアレンジなんだけど、割愛。

 

 

Esperanto はどメジャーなので、説明を要しないとは思う。

ベルギーのヴァイオリニスト Raymond Vincent が Wallace Collection 解散後渡英、1972年にロンドンでキーボーディスト Bruno Libert とともに Esperanto 結成。ベルギー、イタリア、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイの多国籍メンバー編成。

1st. "Esperanto Rock Orchestra"(A&M Records、1973年)は、ロック、ないし R&B 基調で、曲構成としても全曲歌物だし、じっさいヴォーカルとコーラスが前面に出て、唱法もソウルフル。弦楽はそのアレンジのため、という印象が先に立ち、「在り来たりでない造形」は、イントロや、間奏ないしブリッジでフック的に挿入される。ただし、B面に入ると、「在り来たりでない造形」のほうで曲構成を押し切る場面が表立ってくる。

B面2曲目、'City'。

1st. から 2nd. への音楽性の変化に伴ってメンバーの入れ替えがある。ソウルフルなヴォーカリストは、2nd. のレコーディングに一部参加ののち、脱退。

2nd. "Danse Macabre"(A&M Records、1974年)、プロデュースは Pete Sinfield。

3rd. "Last Tango"(A&M Records、1975年)はまた新たなスタイル。吹っ切れてパワフルで硬質な出音、弦楽の配置のされ方も整頓されて無駄に動き回らないけど最大に効果的。

オープニング曲、'Eleanor Rigby' のカヴァー。

1973-4年の石油危機のあおりでレコード産業が縮小、A&M は契約を更新せず、バンドは解散。

*1:ある資料によると、ボートラが付いたのは、3枚のアルバムとも、2001年再発時だけど、"Danse Macabre" についてはそのことを Discogs で確認できない。"Esperanto Rock Orchestra" はそもそも Discogs に載ってない。