大喜利と空耳

大喜利で試されるのは即応力なのかも知れないな。私みたくググりまくってひとつの回答に5分掛けるとかは邪道というか反則なのかも。

ググると鈴木のりたけ氏は絵本作家、イラストレイターで、小学館ブロンズ新社PHP研究所からの刊行が多い。アリス館からのものはこの『とんでもない』のみ確認。

テレビ視ないので『サザエさん』のメイン・スポンサーがどこか知らなかった。調べたら、NISSAN だった。

 

空耳でも、手順が逆になって、「聴こえて来る」んじゃなくて「無理やり聴き出す」になりがち。

で、どんどん、徒に微細になってゆく。

0'19"~ 「回さないでよ ドア捨てんな井手 偉人かんばせ一瞬フリーズ」

こういう「ためにする」のは、いやーな感じがする。

 

知ってる単語が聴こえて来るのではなく逆に、音(オン)の連なりを聴き出して、その音をもつ単語が実在しないか探したり。

5'01"~ 「ダンツマばら撒こう」

「男が泣いて喜ぶツマミ」を「ダンツマ」というのだと、今回新たに知った。

 

↓の、英語の細かい音素を汲み取らず、日本語の音韻としてこなれてるのが、本来の空耳だと思う。

1'43"~。

 

ちなみに私は、大喜利の、お題の画像中の情報をなるべく活かしたい欲求がある。

少年の1人が帽子を脱いで手に持ってるのを活かしたかった。

 

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