Kraftwerk 'Schaufensterpuppen'

www.youtube.com

もし冒頭に「1, 2, 3, 4」とカウントが入ってなければ、この曲は拍の表裏が判らない。作曲者にその自覚があるから、カウントを入れたんだろう。

Kraftwerk に於ける《グルーヴ》」を問題にし始めるといろいろ深いんだろうけど、少なくともこの曲にはグルーヴが無い。というのはつまり、8ビートの全ての拍が強度と音価に於いて等価値、ということ。

じっさい私は子どもの頃、漫然とこの曲を聴いていて、いつのまにか半拍後ろにずれて、表裏逆に聴こえ始めてそのまま定着してしまった、という経験がある。むしろその方がスムーズに乗れる。

折返しの「showroom dummies*1」も、シンコペイションで取りたくなる。

 

曲自体が拍を誤解の余地なく体現し得ておらず、冒頭にカウントの補助線を置いて説明せねばならないって、表現として失敗なのではないか?

しかしそもそも一般に、じゃあなぜふつうは曲の拍を取れるのか?ある強弱の連なりがある時に、そのどこの位置に「1拍目の表」が来るのか判るということは、たんに、そういう約束になっている、ということを了解する、というに過ぎないのではないか?

だから現に、約束事を共有しない文化圏の音楽に接して、拍子が見えない、ということはしばしば起こる。

Kraftwerk のこの曲は、そういう約束事をいったん全部チャラにしたうえで、拍を考え、グルーヴを(目指すにしろ諦めるにしろ)考えてるんだろう。

 

そういえば、"Faust Ⅳ" 1曲目 'Krautrock' にも、やや似た理由で戸惑った。8分で刻まれはするが、拍子をどう取ればいいのか判らない。曲開始が「テープ途中からの再生」であることが、「この始まりも終わりも無く続く8分の刻みを拍子的に解釈しようとしてはならない」ことを示してるように見えた。

www.youtube.com

*1:実家の LP はキャピトルの英語盤だった。