音楽はパーソナル

お皿が割れた。落っことして割ったお皿の数は今まで数知れないが、今日は、洗って布巾で拭いてる時、私の手の中で割れた。

ティーセットの、磁器の受け皿。蒸籠を持ってないので、ふつうの鍋に浅く水を沸かして、ティーカップで高さを作ったうえにこのお皿を置いて、セブンのパンを蒸すことがあった。温度変化で膨張と収縮を繰り返したせいで「内側から割れた」のだろうか?

(つまり電子レンジも持ってないのです。)

 

吉田秀和『LP300選*1』のエピローグに、LP を「軽くしなやかな化学製品」と呼んでる行がある。子どもの私はこれをたんなる気の利いた修辞と思ったけど、要するに SP との対比でこう言ってたのだな、といまさら気付く。SP 盤は重い。落とすと割れる。

たしかにこのエピローグは、音楽会の代用ではない「レコード」鑑賞のもたらす解放と自由についてのものだった。

ピエール・ルイスは、古代の人の知らなかった近代人の喜びとして、喫煙と読書をあげていたけれど、二十世紀半ばの私達は、そのうえにさらに、レコードを聴く楽しみを、つけ加えるべきではないだろうか」

そして音楽鑑賞のこの軽快なスタイルは LP 発明で完成したものだ。このタイミングで『LP300選』が要請されたわけだ。

 

私は従前、音楽はパーソナルのもの、ひとりでヘッドフォンで聴くもの、といってるけど、これが可能になったのってたかだか70年前なんだな。

 

落とすといえば。

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最後に猫の抗議の声も拾ってるし。

*1:新潮文庫版はこのタイトルでした。