温故知故

「温故知故」がいつからか私の語彙にあるけど、用法が、ググってもいまいち明確にならない。

古い世代の人が古い音楽を古いものとして紹介すること、それを当人が自虐的にそう呼ぶ、のだと思う。

 

私の中では、「伊藤政則監修プログレ再発CDシリーズ」的な何かがあり、そのシリーズ名が「温故知故」ということになってる。そしてそのラインアップに「バジャー」が含まれてる。

でもこれは明らかに私の誤謬だ。CD 売るのに「温故知故シリーズ」と銘打つ者はいない。誰が買うかそんなもん。

 

ロキノンにかつてこの名のコーナーがあったようだ。これが出処なのか?

といっても、検索で「ロッキングオンの温故知故コーナー」というフレーズを含む記事をひとつ見つけただけ。その記事から判るのは「ソフトマシーン『4』」が「紹介されていた」ことだけで、コーナーの趣旨、連載期間、などは判らない。執筆陣がそれなりの年齢に差し掛かった時期、なのは間違いないだろう。

 

思えば私が自腹で購読した音楽雑誌は『ユーロ・ロック・プレス』だけだ。あとはロキノンとロックマガジンの BN(どちらも1980年代頃の)をいくつか読む機会があっただけ。

 

「温故知故」の字面に即して言えば、いったん「知新」が意識されたうえでそれを裏返した「知故」は、批評なき「懐メロ」ではないだろう。同時に、「知新」の実利に性急であることへの戒めでもあり得る。過去は、現在の物差しで測りきれない、価値の宝庫だ。今に活かせないから価値が無い、といってる間に、今は終わる。