モテたい

ドビュッシーより、ラヴェルについて書くほうがモテる気がした。

 

ステファヌ・マラルメの3つの詩」成立の経緯については、この記事

shinkai6501.hatenablog.com

で触れた。

ストラヴィンスキーはベルリンで実際に「ピエロ・リュネール」を聴いている。「いかん!」となって「3つの日本の抒情詩」を書いた。

ラヴェルストラヴィンスキーから「ピエロ・リュネール」の話を聞き、また「3つの日本の抒情詩」を弾いて聴かされ、「いかん!」となって「ステファヌ・マラルメの3つの詩」を書いた。

参照させて頂いたのは、こちらの御記事 

www.ses-amis.net

の中ほど、「ステファヌ・マラルメの3つの詩」の項。

こちらの御記事

ステファヌ・マラルメの3つの詩 Trois Poemes de Stephane Mallarme

によると、第1曲 'Soupir' が書かれたのは1913年4月2日、奇しくも105年前の今日。

 

私はこの曲を最初フリードリヒ・チェルハ/アンサンブル "ディー・ライエ" で知った。鉱物質のソノリティと和声、楽器法、曲構成が、私のラヴェルについての先入観とあまりにかけ離れてた。「ラヴェルらしくなさ」が演奏のせいなのか曲のせいなのか、その時は判断出来なかった(曲のせいだった)。

そのチェルハ盤のソプラノ、マリー=テレーズ・エスクリバーノ Marie-Thérèse Escribano を、私はこの曲と、ヴァレーズ「オフランド」 でしか知らなかったが、ドビュッシー「ビリティスの歌」(付随音楽のほう)、ストラヴィンスキー「日本の3つの抒情詩」などの、いかにもな録音があるようだ。いずれもチェルハ/"ディー・ライエ" との共演。

この方についての記事は Wiki 始めドイツ語が多くて詳細が摑めないが、1926年のお生まれで、ご存命の模様。

 

 

あと、美麗ジャケの話題もモテそうな気がする。

これ

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は、これ

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を下敷きにしてるのだろうか?

 

私の一等好きなジャケ:

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これ、大人が描いたのなら天才だと思う。こんなに理屈を頭から外すのは、大人の努力では出来ない。

 

 

ラヴェルツイッターハッシュタグによる作曲家の人気投票で毎回ダントツで1位になる。

それを見るにつけ、「マラルメの3つの詩」の聴き手と「亡き王女のためのパヴァーヌ」の聴き手とは、かぶらないし、お互い意思の疎通が図れないだろうな、と思う。