(2015-08-03、ある方から「記憶の記録」というお題を頂戴して。但しリクエストに沿う解にはなってない)
生まれながらの音楽家、という方もいらっしゃるんだろう。
屈託なく心の底から音楽を愛してて、音楽の存在意義に疑いを差し挿む余地があるなどと思ってみることのない方。
エウテルペ様サラスヴァティ様セシリア様のご加護に与る者とは、そういう方のことだろう。
私はそうじゃなかった。
後天的に学んだのだし、いつもどこかに、音楽は「恥ずかしい」という感覚を持ってきた。
遡りうる最も古い音楽の記憶は、幼児向けヴァラエティTV番組で、人形劇や、出演者のコントめいたやりとりなどでは楽しんで、それが「メイン」と思ってて、「幕間」の「うた」のコーナーでは退屈していたこと。
異性のアイドルにキャーキャー言う際、立ち居振る舞いとか、せめてドラマの中の演技する姿とかに夢中になることはあり得ても、歌ってる姿、演奏してる姿にキャーキャーなるという図が、腑に落ちなかったし、滑稽に思えた。
つまり音楽がセックスアピールたりうると思えなかった。
自分の耳で選んで音楽を聴くようになったあとも、「うしろめたさ」から、音楽の存在理由について、音楽以外の何かからの裏付けを求めた。
農業みたいに「世の中の役に立つ」音楽は早々に諦めた。
政治と音楽は無関係だった。
宗教的「悟り」や神秘的「同一性・直接性」への手引きどころか、音楽はその邪魔でしかないようだった。
音楽への、他の分野からの意味の裏付けの試みと、その都度の挫折は、平沢進の、あるインタヴュー記事中の言葉「音楽なのになんでかな?」[要出典]で救われるまで、続いた。
記憶の記録の試みは難しい。
いっぱんに、記憶というのは、当時の自分の感覚や考えに即してるというより、今時点の自分にとっての意味・価値だし、今後も再編集され続ける。
とっちらかった記憶の破片の中から、私は音楽を愛してきた、という線でエピソードを拾ってきて物語を仕立てる事も出来るし、ずっと懐疑的だったという線でそれをやることも出来る。
政治や宗教に行かずに音楽を選んだ今の自分がいることには、でも理由は何がしかあるんだろう。
世に行われる音楽にはシラケていたし、その真似事をさせられるのも苦痛だったが、いっぽうで、スチール本棚の上辺に張られた、カーテンを吊るすためのスプリングの音には、すっかり引き込まれた。
張られた方向に爪で「ひっかく」、指の腹で「こする」、直角に「はじく」などの「奏法」によって色んな音色が得られること。
はじいたスプリングが本棚本体に触れて「ジワーン」と大きな音をたてること。
それらの音が本棚本体に共鳴して、リヴァーブがゆっくりと減衰してゆくさま。
これは今の私の音楽の聴き方に直結してる。
ピアノに出会った時の私は、長3度の響きひとつで、うっとり出来た。
その向こうに広大な世界を聴いていた。
今の私にはそれが聴こえなくなってしまったが、あのとき聴いていた世界に、もしかしたら似ているかも知れないものを、自分で作れるようになった、のだとよいが。
洋楽についての記憶を一つだけ挙げておくと、「洋楽が邦楽より偉い」ことを悟らされたのは、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」によってだった。
メロディが、惜し気もなく次々に繰り出される。
繰返しが無い。
自由な形式。
楽節の外枠がまずあって、その中をメロで埋めてゆく、というのとは真逆のアプローチ。
内側から、ディテールの必然から、曲全体の形が後付けで決まってゆく、という風情。
もちろん日本にも「ジョニイへの伝言」(都倉俊一作曲)があるわけだが。