子どもの頃はリズムに興味が無かったし苦手だった。
メロや和声の流れの美しさや、音色(オーケストレイション)の美しさが、私にとっての「美」だった。リズムの快活さや「フィジカル」な「ノリ」は軽薄なものとして寧ろ蔑んでた。
音楽美とは、この世ならぬもの、陶然とさせるもの。この自分の基準を疑ってみることを思い付きもしなかった。
ベートーヴェン「田園」は好きで、シューベルト「魔王」は嫌いだった。その理由についてピアノの先生に「美しい曲が好きだから」と説明したところ(つまり私にとって「魔王」は美の範疇に無かった)、音楽美にはいろいろある、と窘められた。この忠告は私にとって重要な覚醒、重要な転機だった。
ロックを聴くにも、シンコペイションに騙される私だった。「アクセント=オモテ」に取ってしまう。
私がリズム≒符割に意識的になったきっかけは Led Zeppelin だった。
Zep の音楽すなわち符割の実験みたいなものだけど、Zep と言わないまでも、The Beatles 'A Day In The Life' のイントロをオモテ裏逆に取ってたし(最後だけ 7/8 拍子と思ってた)、Deep Purple 'Speed King' のリフがアウフタクトなのを呑み込むのに時間が掛かった。
ただ 'Speed King' 誤解については言い訳がある。
The Moody Blues 'Procession'("Every Good Boy Deserves Favour" 1曲目)2'50" 目~のコーラスが「スピード・キング」のリフによく似た音形で、こっちはアウフタクトじゃない。歌い出しが、1拍目と取るにせよ2拍目と取るにせよ、オモテだ。パーカスのアクセントがオモテ、との前提に立てば、だが。
これとの類推のせいだ。
'Speed King' のアウフタクトにせよ、Zep 'For Your Life' のシンコペイションにせよ、小節線から半拍食う、つまり4拍目の裏から始まる、というのはよくある。
Yes 'Yours Is No Disgrace' のリフがトリッキーなのは、その「よくある」を前提に、その1歩先をやってること。
これがイントロで提示されるのを聴くかぎりでは、「4拍目の裏始まり」と取ってしまう、よね?
よもや曲が1拍目の裏から始まるなんて、想像だにしない、よね?よね??
だから 0'13" 目に入ってくるオルガンのタイミングに「?」となり、0'40" 目のビート刻み始めの入りに「??」となる。
リフがビートの上に乗っけられ、符割が明確に種明かしされるのは、ようやく 4'32" 目。
造形の目覚ましさ。
冒頭いきなり、トリッキーなリフ提示のインパクト。
0'40" 目~のシンセの、d - es - f - g - as、たった5音による、教会旋法的に断片的でありつつしかも伸びやかな飛翔と恍惚の主メロ(※註)はシンフォの美メロの祖形。
モティーフの展開。同じモティーフが出て来るたびアレンジが変わる、処理の念入り。
初期 Yes の到達点にして、「プログレバンドイエス」を明確に打ち出した曲、「プログレはこう作るもんだ」の一典型を示したエポックメイキングな曲。
Yes から1曲、と言われたら、私はこれを選ぶ。
※註
このメロの符割は、ビート・クラブのライヴ*1
では、一貫して
【譜例①】
アルバムヴァージョンでは、基本
【譜例②】
だけど、けっこうヨタってて、両者の中間だったり、8'55" 目~では、2か所で、全く【譜例①】の符割になってる。
ビート・クラブの映像ではこのパートを Anderson が(オクターヴ下げて)弾いてる(この「発振器」の名前を私は知らない)。アルバムと同じメンツだけど、アルバムでは Kaye が弾いてるのだろうか(英語版Wikiや、Discogs によると、"The Yes Album" での Anderson の担当は vocals, percussion)。
"The Yes Album" は1970年秋の録音、1971年2月リリース。ビート・クラブはつべの解説によると*21971年4月。その間に符割が変わったわけだが、意識的で重要な改変なのか、もともとどっちもアリなのか、演奏者の違いによるのか。
"Yessongs"(1972年)での Wakeman は、装飾音を加えて
【譜例③】
とやってる。付点の鋭さなどには毎回バラつきがある。