なつい

私は「懐かしさ」で音楽を聴くことがない。

曲を聴くことで、その曲が発表された時代を思い出すとか、聴いた時私がたまたま置かれていた個人的状況を懐かしさを伴って思い出すとかということがない。

 

時代ということについては、そもそも世の中に行われる同時代の音楽を知らずに来た。学校に顔を出さず叔母の書斎でアナログ盤に埋もれて過ごしたので。

1970年代のプログレについて「なつい」という感想を持ちようがない。

 

「叔母の書斎で過ごした」という個人的状況はあったわけで、それは記憶してる。でも音楽的情報を聴くために聴くのであって、それ以外の付随物は、情報ではなく、ノイズだ。そこに「懐かしさ」はない。

 

アメーバピグの音楽フロアでご一緒する方々が、そこで掛かる曲について「なつい」という感想のチャットを盛んにお交しになるのを、物珍しさと、羨望をもって、傍観する。

 

 

先日ある方がこれをお掛けになった:

ホルガー・ヒラーがヒンデミットをやってるのを知らなかったのでびっくりした。同時に、ヒンデミットの原曲は私個人的に、叔母の書斎にあったカセットテープでしか知らなかった曲だ。他の演奏を聴いたことがないし、この曲の存在自体をずっと忘れていた。演奏頻度の高い曲じゃないと思う。

そのカセットテープはFM放送をエアチェックしたもので、音源はCDではなく「〇〇放送協会提供」的なライヴ録音だった。タイトルは『ぼくらは町を作る』と訳されてたけど、『町を作ろう』の方が一般的かも知れない。

さすがにつべで探しちまったじゃないか。でも、真っ当な演奏は、これしか上がってない:

十数年越しの、曲との再会。羨望の対象だった「なつい」に近い感想を持った、という話に仕立てたかったが、無理だった。