私本当にバカなんです①

(2015-07-24 記)

 

 

恥ずかしくて今まで訊けなかったことを、バカをさらけ出して訊いてみる、不定期に続くかもしれない企画の、第1回です。

 

 

 

1票の重みの格差って何ですか?

 

1票の格差問題って、損得の問題とは別の、理念の問題ですか?

格差があることで、投票の場において実際的に、誰かが得をし誰かが損をするのですか?

兵庫6区と徳島1区との間に格差がある。でも兵庫の有権者と徳島の有権者が競うわけじゃない。

兵庫6区の中で、候補者Aに投票する人と、候補者Bに投票する人とは、どちらも徳島1区に対して不平等、という平等の条件の下で競う、という考え方は、バカですか?

 

個人の1票が政治に与える力の小ささに絶望し、だから同じ候補者に投票する同志を募るわけです。

そのとき、田舎で10人の同志を募ることより、都会で50人の同志を募ることの方が、容易だ、という私の印象は、間違っていますか?

個人の1票は軽いけれども、束ねて政治的影響力を作るのは容易なのでは?

 

 

さらに輪を掛けてバカな問いですが、なぜ選挙区に区切るのですか?

全国で何千人かの候補者がいて、有権者は住む地域に関係なく、その誰にでも投票できる、ということは、システムとして、ネットの普及などによっても、実現できませんか?

有権者候補者を品定めするのに、興味のポイントに沿って「テーマ別」「キーワード検索」などで調べられれば、不要に膨大な作業にならないのでは?

 

どこに住んでるかによる制約「私の選挙区にはろくな候補者が立ってない」問題こそが、最大の不平等です。

政党政治だから、支持政党の候補者ならどれも同じ、という発想ですか?

 

1票の格差(が問題なのだとすれば、その)問題も、そもそも選挙区がなければ、生じない。

 

地域への利益誘導や、選挙カー候補者名を連呼する運動スタイルも、無くなるのでは?

 

(もしかして、ネットは権力による不正な操作を行いやすい、などの問題がありますか?)

 

(政治家個人の修業のプロセスとして、まず地元でやって、力を付けて国政に打って出る、これが国政選挙の、地元意識と微妙に連続した形を導く、のかな?)

 

 

 

バカを装っての問題提起とかでは断じてなくて、本当のバカなので、ためらって下書き状態のままでしたが、投稿します。