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続・ふいんき ※加筆しました※

イメージが書法を決めるのではない。書法がイメージを決めるのだ。 自然の印象を音楽に置き換える「描写音楽」に興味がない。 その置換が可能だとも思ってないが、仮に可能だとしても、 自然が表層に見せている現象をなぞることに興味がない。 現象を成り立…

一緒にしてくれるな

いっぱんにどの作曲家についても、「〇〇のファン」という括りが価値の共有を保証しない。その作曲家の、どこを、どう、聴いてるのか、好きなのか。 ではあるけれども、ファンを自称する者同士の会話に最も齟齬を生じるのは、ドビュッシーだ。 それはドビュ…

散歩される音楽 ※追記しました※ ※さらに追記しました※

ライヴのアイデア。 概要 美術館か水族館のような内部構造の建物。 その各所に数十個のスピーカを配置する。各スピーカでそれぞれ別々の音の出来事が鳴り続けている。それぞれの出来事は、間欠的でもいいし、持続的でもいいし、パターンの反復でもいいし、そ…

「ノイズ」

以下、音楽の1ジャンルとしてのノイズ・ミュージックを鉤括弧つきの「ノイズ」と書き、一般的な意味の噪音=ノイズと区別します。 この記事 shinkai6501.hatenablog.com を、今回言い換えてみます。 「ノイズ」とは畢竟「聴き方」なんだろう。 私が「ノイズ…

コンクリートミキサー系

マンション建設工事がすぐお向かいで始まり、自室でその音を聴いていた。音でだけ聴いてるので、何の工具をどう使って出してる音なのかは判らなかった。 数人で槌を打つ音。1人の作業者にとってはトントントンという単純なビートだが、各人がそれぞれのBPMで…

最も瑣末な関連

「映画音楽ファン」というのは有り得ない。少なくともそれは「音楽ファン」ではない。 映画に付けられた曲であるかどうかと、曲自体の音楽としての内容や音楽としての価値とは関係がない。「映画に付けられた曲だから」はその曲を好きになる理由にならない。…

メモ(テープをめぐって)

「テープ音楽」 20世紀音楽の2つの潮流、「電子音楽」と「ミュージック・コンクレート」はもともと別の、むしろ相反する立場だ。 電子音楽は音を管理し操作し組織する。そのために扱いやすく純化され馴化された「楽音」を要素とする。その意味で従来の音楽の…

ある和声法

作り手的には、人為で音を択んで、重ね、和声として進行させることの「わざとらしさ」の忌避。 聴き手的には、目の前で起きてる音の出来事を、概念越しにでなく、ありのまま聴きとる練習。 ありのまま聴こうとすることは、しばしば、作曲者の意図を尊重しな…

ミシェル・ポルナレフをきっかけに

NHKラジオ深夜便の愛聴者だった時期がある。 ある日 Michel Polnareff のデビュー曲を、「コード3つだけで書いた」という前説に続いて、聴いた。T、D、S の3つ(キーが E としたら E、B(ドイツ音名のH)、A)を予想したら、E、A、D の3つで、斬新にびっくり…

pop

Todd Rundgren "A Wizard, A True Star" あまり憶えが無かったので今つべでフルアルバム聴き直した。 いやはや凄いんだけど、後半、アナログ盤でいう「B面」の「ポップ」がしんどかった。 実家で聴いた当時もこれでへこたれたんだと思う。 以前アメブロで「P…

ズレる、ズラす

shinkai6501.hatenablog.com ↑で、 「書かれた1本のメロディという以上の、呼吸し、生きて動く、音の出来事」 は、ボウイングの指示つまりあくまで「作曲」として処理されてる。 「演奏」ではなく。 ここで生じてるのは「ズレ」なわけだが、演奏者的には、意…

ベルクのヴァイオリン協奏曲の出だしについて改めて持った感想について書くための道程⑤(補足)

短音階をどう決めるか、いったん保留したのだった。 現行、長音階はドが主音、短音階はその短3度下のラが主音、となってる。 現行通りドが主音の音階(=イオニア旋法)を長音階とする場合。 長調という性格は5度圏の音が決め、短調という性格は4度圏の音が…

ベルクのヴァイオリン協奏曲の出だしについて改めて持った感想について書くための道程④

私は楽器で作曲することがない。 いや、キーボードに向かってやるわけだけど、キーボードから発想するわけではない。 曲は私の中から来る。それを形にするのに、キーボードの並びが都合がいいだけだ。 なのだが、ヴァイオリンの場合、その調弦法から発想され…

ベルクのヴァイオリン協奏曲の出だしについて改めて持った感想について書くための道程③

ドビュッシーのホールトーンがシェーンベルクのドデカフォニーを準備した、という言い種がある。 オクターヴを等分する。 それを、縦に和声にも、横に旋法にも、使う。 この言い種に対して私が抱く違和感について書くことが、私のドビュッシー観を書くことに…

ベルクのヴァイオリン協奏曲の出だしについて改めて持った感想について書くための道程②

幾つかある教会旋法の中から、ドを主音とする音階=イオニア旋法が「長音階」として残ったには理由がある。 要するに「和声音楽」の時代に入って、T、D、Sのカデンツによって曲を構成し展開させるのに、最も都合がよかったからだ。 サブドミナント=ファが存…

ベルクのヴァイオリン協奏曲の出だしについて改めて持った感想について書くための道程①

5度圏/4度圏 長調/短調 リディア旋法 倍音系列 サブドミナント ドローン/カデンツ ドビュッシーとシェーンベルク 音を完全5度で積み上げてゆくと、 cーgーdーaーeーhーfis とどこまでも協和して開放的な響き。 完全4度で積み上げると、 cーfーbーesーas… …

懺悔、でもまだその途中

shinkai6501.hatenablog.com ↑で書き漏らしたこと。 私は私の常識をズラしたいし覆したい。その志向が強い。 相対化の視点を得たいし、なるべく極端なそれが欲しい。 音楽の在り方を常に考え直すのが音楽家の仕事だと普通に思ってるから、プログレ聴き始めた…

まだ考え中

乱暴で無責任なことを言ってしまうかも知れません。 特殊・個別に惹かれる。 一般化・グローバル化で取りこぼされるもの。 大和の私が沖縄の音楽、アイヌの音楽をくすねる。 ポップないしクラシックの私が民族音楽をくすねる。 余所者による簒奪。 ジョリヴ…

今日はチンチン電車の日

(2016-08-22、お題「チンチン電車見たことある?」に沿って) vimeo.com Toshiya Tsunoda and Haco "The Tram Vibration Project" December 28, 2006 この動画はHacoさんが2014年1月にアップなさいました。 当時の私の感想は、以下です。 「映像を見ながら…

記憶の記録

(2015-08-03、ある方から「記憶の記録」というお題を頂戴して。但しリクエストに沿う解にはなってない) 生まれながらの音楽家、という方もいらっしゃるんだろう。 屈託なく心の底から音楽を愛してて、音楽の存在意義に疑いを差し挿む余地があるなどと思っ…

ポエティック、プロウジー、リリカル

(2015年7月27日、記) 1か月前の記事 shinkai6501.hatenablog.com の中で、件のミュージシャン氏がS君の曲に付けたタイトルは、確認したところ「アリスの散文的叙情」でした。「アリスの散文的情景」としてましたが訂正しました。 というわけでここで新たな…

思い出、夏、音楽、歌

(2015年7月29日、お題「一番思い出に残ってる夏の歌は?」に沿って) このお題に沿ってはわたし的に3つの理由で書くことが不可能ということについて書く。 ①「思い出の曲」を問われるといつも回答に窮する。 ほんとうに、いくら思い出そうとしても、該当す…

Kate Bush 'Hello Earth'

(2016年3月28日、記) www.youtube.com 出先で足止めを食らって、たまたま持参してた Kate Bush のアルバム "Hounds Of Love" を聴いて時間を消費したことがある。 ふだん私は音楽をキッとなって聴く。 キッとなるとは、瞬間瞬間鳴ってる音のできごとを漏ら…

ターフェルロックムジーク②

(2015年4月16日、記) まずもって、曲は、作曲者の意図の通りに聴かれねばならない。当たり前だ。 「創造的誤解」を信じない。誤解は誤解だ。 たしかに音は生きもので、現実の空間での音の振舞いはどこまでも多義的だ。 その豊かな音の世界の中では、人為は…

ターフェルロックムジーク①

(2015年4月15日、記) 「刺し箸」がなぜマナー違反なのか。 「刺す」は箸の重要で便利な機能の1つだ。 これを敢えて封じるのは、何某かごくローカルな美学のためにはあり得るが、これをマナーとして一般に強いるのは暴力である。 (いっぽうで調理法で野菜…

現実空間の中の音楽体験

(2015年12月23日、記) なうで、ある方がこの曲をご教示下さった。 www.youtube.com こども時代の、ある体験を思い出した。 戸越公園駅のプラットフォームで電車を待ってると、私の聴野の左方向、やや間遠く、大井町側の踏切警報機が鳴りだす。 数秒後、右…

幻としての猫

(2015年12月28日、記) 疲れると幻を見る、のではない。 アメーバピグで飼ってる猫の、歩調と、移動のスピードが一致しないように見えた。 スリップしてる。 サーバーに負荷が掛かって動作がずれてるのだと思った。 じつはこのアニメーションの一致しなさは…

ピコ秒の音楽、劫の音楽

(2016年1月15日、記) ろうちさんに 序 音楽ってヒトの生理に根差すなあとつくづく思う。 「退屈の対義語」、これが音楽の定義にもなりそうだけど、ある時間の経過を「退屈」と感じる/感じないのはヒトの生理。 音楽「理論」が如何にヒトの「聴き方・感じ…

もやもや

(2015年12月10日、記) ↓の記事 shinkai6501.hatenablog.com に頂いたコメントへの返信として。 目の前にもやもやと漂って、私を陶然とさせて、これを「表現」したい、と切望させるもの。 これを具現させるには、音楽は音楽の、絵は絵の、詩は詩の、固有の…

セミ

(2015年12月28日、記) 寒いのでセミの話をする。 ふと思った。セミは、鳴くこと自体が目的で鳴いてるのではないのではないか? あれだけデカい音を出す以上、そこには目的がある、と傍から観察するヒトなる私は思ってしまう。 でもあれは副産物、なにかの…

new ears' resolution

(2016年1月02日、記) 当ブログの「説明」の「分解能」=resolutionはタイトルの「耳を澄ます」を意味的にまんまなぞってるだけですが、耳を澄ます対象ってふつう「微かな音」じゃないのか? 取り逃がす危険性があるのでそうしないように、 環境音から、そ…

今を聴く方法

(2016年5月20日の記事を改題) TVやラジオで音楽を聴くことの積極的意味。 なんと、TVやラジオでは、スイッチを入れると、曲が、 途中から始まる のだ! 聴き覚えのない、短調の曲だ、と思った。 ところが聴き進むと、あるところで、よく聴き知った長調の曲…

曲 スタイル 自然

(2015年10月16日、記) 前回の shinkai6501.hatenablog.com で、音の重ね方の「もっと『自然』で『自由』なもの」に触れて、ここをいちばん掘り下げるはずが、素通りしてしまった。 環境の中で、鳥は、それぞれ好き勝手に囀ってる。 固有の節回しをやるだけ…

音楽におけるユーモア

(2015年10月13日のアメブロ記事に加筆) www.youtube.com 0分54秒からコーラスが、同じ音形で「赤坂見附を~」「丸ノ内線で~」と繰り返す。 この「で~」の maj7 感が好きなのに、ライヴではここのヴォイシングが変わってしまっている。 www.youtube.com …

最後の一音は響くに任せる

(2015年8月19日、21日、記) Ⅰ. 室内に届いてきた遠くの音。 拡声器からの何かのメロディのようなそれを、もっと鮮明に聴こうとして、窓を開ける。 とたんに環境音の洪水が流れ込んできて、目当ての音は却って、その中に埋もれて聴こえなくなってしまった…

コテカン

(2015年8月19日、記) バリのガムランは合奏である。 世界には、モンゴルのノロブバンザドのオルティンドーや、タンザニアのフクエ・ザウォセのゼゼ・カンバ・クミ弾き語りみたいな、ソロ超絶技巧もあるが、ガムランのびっくりの本質は「アンサンブル力」だ…

楽園とは距離のことである

(2015年12月28日、記) CD聴くより、戸外に座って環境音に耳を澄ます方が、はるかに豊かで雄大で微細な音楽体験が出来る。 音は、長い距離を渡ってくるうちに自然のエフェクトを受けて、 反響し、干渉し、高次倍音を削られ、フェイズシフトを受けて、 間遠…

音楽の自律・純粋

(2016年6月30日、記) 音楽が音楽そのものであることを貫きつつ、なおかつ政治と有機的に結び合えるのなら、ステキなことだと思いますよ。 例えば西洋音楽の立場で民族音楽を取り入れる時、エキゾチックなテイストとしてくすねて来ることはしない、という態…